ビル・ラッセルのキャリアハイ得点は37点に留まる、一方最多リバウンドは51本

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バスケ好きの反応 : 25/08/28
ビル・ラッセル(ボストン・セルティックス)のキャリアにおける最多得点は37点だった。
一方でキャリア最多リバウンドは51本だった。

・彼が37点を記録したのは、キャリアの中でわずか2試合しかない。
・一方で、37本以上のリバウンドを記録した試合は少なくとも20回はある(実際にはもっとある可能性があるが、それ以上の詳細は有料データでしか確認できない)。

出典:https://www.basketball-reference.com/players/r/russebi01.html

バスケ好きの反応 : 25/08/28
1959–60シーズンのリーグ全体の平均リバウンド数は73.5本だった。2023–24シーズンでは44.0本。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
当時は今よりかなり多くシュートを外していたんだろうな。
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バスケ好きの反応 : 25/08/28
シュート数自体が多くて、成功率も低かった。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
センターでキャリアFG成功率44%。比較するとウィルトは54%だった。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
↑しかもウィルトははるかに多いシュートを打ちながら、相手のディフェンスの注目を一身に集めていた。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
ビッグマンでFG44%は確かに低い。でも当時の時代背景がある。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
確かに違う時代だ。ビル・シャーマン(ガード)やドルフ・シェイズ(フォワード)は当時エリートシューターとされていたけど、キャリア通算FG%はそれぞれ42%と38%だった。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
だからウィルトを過小評価する風潮が理解できない。ラッセルはウィルトを止めることにエネルギーを注げたけど、ウィルトはチームの全てを担っていた。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
60年代のバスケを学ぶほど、ラッセルの個人支配力が過大評価されている気がする。ラッセルがバックボードにぶつけてターンオーバーしたのをサム・ジョーンズが救ったシリーズとか、67年の悪いシリーズは誰も語らないのに、ウィルトは「利己的だから勝てなかった」と言われる。実際はラッセルは味方に恵まれて、彼自身が好人物で公民権運動でも尊敬されていたから神格化されている。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
でもラッセルが引退した翌年、セルティックスはすぐにリーグ下位に落ちた。単に周りが強かったというより、彼がチームを高めていた証拠だ。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
彼はスコアラーとして呼ばれたわけじゃないけど、それでもプレーオフでは平均16点を取ってたし、シリーズによっては20点以上もあった。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
↑1962年のファイナル第7戦では30点と40点を取ってるぞ。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
ゲーム7で10勝0敗。ビルは本当に大事な試合のために力を残してた。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
現代でラッセルのアーキタイプを作るなら、バム・アデバヨを10倍強化した感じだと思う。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
↑ラッセルは本当に人間離れしたスピードを持ってた。KGにウサイン・ボルトの速さを足したような感じ。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
↑ヤニスが唯一近いかもしれない。デビッド・ロビンソンですらそこまで速くはなかった。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
ざっくり計算すると、ラッセルの51リバウンドは今でいう30リバウンドくらいだな。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
↑ズバッツやサボニスが28本取ったことがあるし、ヌルキッチは31本、カンターも30本取った。難しいけど不可能ではない。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
結局、今でもラッセルが史上最高のリバウンダーの一人なのは揺るがない。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
ただ現代では30本を毎年何度もやることは不可能だろうな。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
たぶん平均で8ブロックくらいしてたんだろうな。ただ当時はブロックが記録されてなかっただけ。もしディフェンスの賞が彼の現役時代を通して存在していたら、最低でも8回は最優秀守備選手賞を取ってたと思う。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
もしスティールやブロックが正式にカウントされてたら、ウィルトと彼は今でもさらに多くの記録を保持してただろうな。どれだけのクアドラプルダブル(4部門での二桁達成)を残していたのか気になるよ。
バスケ好きの反応 : 25/08/28
ウィルトは映像が残っている約100試合のうち、少なくとも3、4回は非公式のクアドラプルダブルを記録している。そしてその映像はほとんど晩年のものだから、全盛期はさらにすごかったはずだ。ざっくり言えば、映像で25試合に1回の割合でクアドラプルダブルを達成してる。キャリア通算1000試合近く出てるんだから、少なくとも10回以上はやってるはず。実際の数字は20回くらいかもしれないけど証拠がない。まあ10回だとしても、残りのリーグ全員合わせた数の2.5倍だ。
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コメント

  1. ビル・ラッセルが歴代最多優勝してなければ、歴代ポジションは大きく違っただろう。
    なぜなら、ディフェンシブプレイヤーは現代でも評価されにくいから。
    ムトンボ、ウォレス、ハワード、ゴベア。
    いずれも3回以上のDPOYを有するが歴代選手の中に位置付けたら、1番オフェンス評価の高いハワードでも60位だろう。
    ロッドマンがリバウンド王複数回、DPOY持ち5回優勝でギリギリ50位に位置するくらい。
    MJは別格として、アキームやKGやヤニスやカワイのように、ツーウェイ要素が無ければ歴史的な高評価はされない。

  2. ボブクージーのハイライト見てると分かるけど、当時はクロスオーバーすら許されないほどドリブルのルールが厳しかったし、
    ファウルもめっちゃ厳しかったから70年代以前のセンターはぶつかって押し込めなかったし、フックシュートとかフェイダウェイジャンパーばっかに頼ってた。ディフェンスは相手にベッタリマークできなかった。
    シャックやアイバーソンは当時のルールだと反則だらけになるね。

    そんな状況じゃリーグ全体のシュート確率が40%近くにもなるわけだし、リバウンドだって滅茶苦茶増える。

    だから当時のルールでチェンバレンがシーズン平均50点FG 50%とか、ガードのロバートソン、ウェストがFG50%近い数字で平均30点(3pなしで)取ってたのは本当に凄いと思うんだよな

  3. ロドマンを多少オフェンシブにしたのがラッセルなイメージ。今だとアデバヨが一番近いかも。

  4. ビル・ラッセルの凄いというか厄介?なところって、ぶっちゃけほぼ毎年優勝してることなんだよね。
    もし13年現役やって6回か7回優勝なら、「確かに素晴らしい実績だがもしあなたがもう少しオフェンス能力を高めてればもっと優勝できてたかもしれないよね」という論は成り立つかもしれない。
    でも13年で11回だと、もう文句のつけようがなくなる。チームの大黒柱でほぼ毎年優勝しました、何か文句ある?って言われたらもうどうしようもない。時代がいつであれ優勝こそが究極のゴールだし、優勝出来れば基本満点の世界なんだから。

    時代を考えればラッセルはオフェンス弱かったわけじゃ絶対にないけど、そんな選手があえてディフェンスやリバウンドに比重を置いたからこそ、他の選手にもそれぞれ明確な役割が出来てチームは長い間うまく回り続けたんじゃないかと、この時代をまるで知らないなりに想像できる。

    あまりに万能なレブロンがキャリアを通じて優勝に苦労し、BIG3を組めばその三番手は例外なく自分の役割確立するのに苦労してるところを見ると、そう思わずにはいられない。
    もしラッセルがもっとオフェンスも強くてUSG%上がってたら、逆に優勝回数減ってたんじゃないかとまで思ってしまう。

  5. なげぇ
    ニコラス武かよ

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