バスケ好きの反応 : 25/10/05
マジック(・ジョンソン)がHIV陽性だと発表したとき、人々は彼が死んでしまうと思っていたの?
自分がその時まだ1歳だったから、当時の反応がまったく分からないんだ。
自分がその時まだ1歳だったから、当時の反応がまったく分からないんだ。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
はい、当時はHIV/エイズは死刑宣告だと受け止められていて、余命はせいぜい数年だと思われていた。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
多くの人がHIVとエイズの違いを理解していなかったことは指摘しておきたい。
一般の感覚では「マジックはエイズになった」と聞こえていて、「HIV陽性」と言い分ける人は医療者くらいだった。
一般の感覚では「マジックはエイズになった」と聞こえていて、「HIV陽性」と言い分ける人は医療者くらいだった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
社会は「お金を払えないなら、治せる病気でも見殺しにする」んだと初めて思い知らされた。
生き延びたのは良かったけど、彼が死ななかった事実が現実を突きつけたから腹が立った。
生き延びたのは良かったけど、彼が死ななかった事実が現実を突きつけたから腹が立った。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
この5〜10年前なら、いくら金があっても状況は変わらなかった。
マジックは治療にアクセスできたのは事実だが、その治療自体が診断の少し前に登場したのがさらに幸運だった。
マジックは治療にアクセスできたのは事実だが、その治療自体が診断の少し前に登場したのがさらに幸運だった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
↑その通り。金持ちや有名人でも、それ以前に亡くなった人はたくさんいた。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
↑アスリートだから健康診断やドーピング検査で早期に見つかったはず。
フレディは何年も前から患っていて、後期だった可能性が高い。
フレディは何年も前から患っていて、後期だった可能性が高い。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
↑マーキュリーは80年代初頭に感染していたはずで、1982年には(今振り返れば)症状が出ていた。公式診断は87年。
マジックは定期健診で症状が出る前に判明。感染からの時間差はおそらく10年以上
マジックは定期健診で症状が出る前に判明。感染からの時間差はおそらく10年以上
バスケ好きの反応 : 25/10/05
↑フレディはエイズまで進行していたが、マジックはそこまで至っていなかった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
今はHIV薬のCMがまるで「ちょっと面倒」みたいに語るのが不思議に感じる。
昔は子どもたちのための追悼キルト(エイズ・メモリアル・キルト)が作られるほどの絶望感だった。
昔は子どもたちのための追悼キルト(エイズ・メモリアル・キルト)が作られるほどの絶望感だった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
本格的に「治療できる」と言えるようになるのは、ほぼその時期以降。マジックの診断のタイミングは本当に幸運だった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
超富裕層でも亡くなった人は多い。リベラーチェ、ロック・ハドソン、アンソニー・パーキンス、イージー・E、アーサー・アッシュ、アイザック・アシモフ……。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
1992年のオールスター前には大騒ぎになった。カール・マローンは公然と反対していたし、ロニー・セイカリーは風評を打ち消すために、試合前のマジックに1on1を申し出たという話もある。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
↑当時の恐れは完全に不合理とも言い切れない。
血液でうつる致死の病で、バスケは接触スポーツで出血もある。怖がるのは無理もない。
血液でうつる致死の病で、バスケは接触スポーツで出血もある。怖がるのは無理もない。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
↑その恐れは時代背景込み。1992年は「同性愛者だけの病気」という誤解が広まってから、せいぜい3〜10年しか経っていなかった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
オールスター、オリンピック、そして数年後の現役復帰は本当に奇跡のようだった。前例がなかった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
映画『フィラデルフィア』がその少し後に公開され、当時の「死刑宣告」という空気感がよく伝わった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
新聞のスポーツ面どころか一面トップだった。
「5年以内に亡くなる」と思っていた人が大多数だった。
「5年以内に亡くなる」と思っていた人が大多数だった。
その後、プロテアーゼ阻害薬や併用療法の普及で、90年代後半には「やせ細って顔にカポジ肉腫(皮膚の腫瘍)が出ていた人」が、薬で見違えるほど回復する例も目にした。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
フレディ・マーキュリーの件の後だし、そりゃ死の宣告みたいに受け取られた。がんと同じで、闘えてもいずれは戻ってきて勝ってしまう、みたいにね。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
すごく悲しかった。ラリー・バードは試合に出る前、知った瞬間に泣きそうになってた。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
2~3年でいなくなると思ってた……当時はHIVについて知らないことだらけだったから。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
1991年生まれだけど、10歳くらいの頃でも「エイズはがんと大差ない恐ろしい病気」って空気がまだ残ってたのを覚えてる。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
当時の無知のせいで、自分は「彼はゲイなんだ」と思ってしまった。あの頃はHIVについての無知が本当に多かった。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
兄が「数か月で亡くなるだろう」って言ってた。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
トイレの便座からうつる、みたいな俗説が普通に流れてた時代だよ。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
歴史を振り返る限り、当時のHIVは事実上の死刑宣告だった。レーガン政権の公衆衛生対応の遅さも拡大に拍車をかけた。主に「ゲイの病気」みたいに呼ばれてたのもあってね(差別的な誤解)。でもマジックの告白は、誰にでも起こり得ることだと示して世間の見方を変えた。
バスケ好きの反応 : 25/10/05
本当にそう。あの時代のエイズは恐怖そのものだった。マジックは皆の不安を和らげるのに大きな役割を果たしたと思う。


コメント
小学生だったから覚えてる。ニュースで連日痩せ細った患者の映像を流して不安だった。学校でもイジメの言葉でも使われた。あの時は若く死に対する不安もあった。今のコロナと通じるところがある。知識もなく生きる事への執着が大きい人ほど人間は見えないものへの恐怖を感じる。一番は正しい情報を集めて正しく恐れて不安を煽らないのが一番だと50になってやっと考えられるようになった
今では元気にスタジアム観戦してる姿が見れる
メキシコかどっかの「なんとかの泉」の水を飲み続けて回復したなんて話を聞いた記憶がある
きちんと治療すれば病気の発症を抑えることができると体現してくれた人だと思う
最近では娘さん?と一緒にいる姿が話題になってた
1万人以上とセッ◯スしたヤリ◯ンだったから自業自得だという風潮が強かった
HIVの治療薬を開発したのは日本人
ちょうどマジックが感染したときに開発に成功した